音波の薄皮

その日に聴いた音楽をメモするだけの非実用的な日記

ベートーヴェン:フルートのための室内楽作品集 / エマニュエル・パユ (2020 96/24)

いつまで経っても終わりが見えない断捨離作業のお供に。

ふと立ち止まって室内の物を見ると、結構まだまだ断捨離出来るものがあることに気がついてしまうのです。

いかに無駄が多いか、と言うことですね。

SUZUKI白書 / 鈴木慶一 (1991 CD-DA)

2時過ぎに目を覚ましてしまった。

30代の頃なら、これだけのことで絶望を抱える夜が始まっていた。眠れない身体を抱えてもんどり打つ。

40代も終盤に入りかけた今、このような時間に目覚めても、朝方に二度寝をするだろうと思うにとどまる。

希望と絶望が表裏一体となって存在する。時に自らを蝕む。それが若さ。

歳を重ねれば諦念が大きなウエイトを占めるようになる。それは悲しいことではない。余裕が生まれていることの証左。

そのようなことを考えていたら、このアルバムを聴きたくなった。

鈴木慶一、1991年作品『SUZUKI白書』。珠玉の曲が並ぶ、自分にとっては宝物のような1枚。

1991年。買い求めたのは私がまだ17の頃。当然の事のように、そこで歌われている言葉よりも、サウンドプロダクションにばかり耳が行っていた。

2021年、私は47になった。鈴木慶一がこの作品を作り上げた40と言う歳をいつの間にか通り過ぎていた。

今なら、言葉の一つ一つが、まるで自分の心を歌っているかのように響いてくる。いや、その言葉に手が届く、届いたと表現するのがふさわしいのだろう。

自分の中へと届く歌詞を引用する。

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最強の敵は 自分の中にいる
最高の神も 自分の中にいるはず

『LEFT BANK [左岸]』

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一番いい思い出だけとって
水に貼りついて 草を食べながら
月を見上げて 赤道に戻る

一番悪い 思い出置いて
庭に埋めて 鎖まきつけて
棒きれみたいに 生きてゆく

『月にハートを返してもらいに [SATELLITE SERENADE]』

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抽象画を鑑賞するがごとく、詞の世界。

これら言葉の真意が10代の自分に理解出来る由もない。

いや、理解ではない。受容、なのだ。

先に諦念という言葉を用いた。諦めることは受け容れることではなかろうか。

自らの中にある器に、自らを取り巻く事象を放り込む。それが全て、それで終わり。

もし器からはみ出してしまった場合には、覆水盆に返らずと念仏のように呟き、置き去りにして先へと進んでいく。

受け容れた数多の事象は、放置していれば発酵していく。そして他の事象を飲み込んで、自然現象として煮立ち、蒸発していく。それこそが昇華ではなかろうか。

まだその領域に自分は立ってはいない。理屈としてそうあることを漠然と捉えているだけの話。

50代がすぐそこにある。昇華の人生は果たして存在しうるのだろうか。

夜中に鈴木慶一が呟く。

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もう半分生きちゃったね

『サラダボウルの中の二人 [ME AND MY GIRL IN A SALADBOWL]』

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SUZUKI白書~スズキ・ホワイト・リポート

THE BREASTROKE / COALTAR OF THE DEEPERS (1998 CD-DA)

自分の不注意で、腕時計を一台、落下させて死亡させてしまう。

繊細な機械式だから、落下だけは絶対に避けようと思っていた矢先の出来事。あまりものショックで、まだ別の腕時計を購入。

懲りてない。

気分は「SINKING SLOWLY」ですよ、まったく。

ちなみにこのアルバム、もう、何十年も聴いておりますが、何十回聴いても名盤過ぎて泣ける。激しくダークに揺さぶられるのだよね。そして得も言われぬカタルシス。

ザ・ブレストローク-ザ・ベスト・オブ・コールター・オブ・ザ・ディーパーズ

叙景ゼロ番地 / eastern youth (2012 FLAC)

自分の中ではeasten youth作品の極北に位置するものだと思いこんでいたのだけれども、何とはなしに聴いてみると、これがまた、ど真ん中じゃないかと認識を新たにしたのであります。

当時はそれほど聴けなかったのだよな、これが。何かが受け付けなかったのだろうけれども、その何かが何であったかは最早覚えていない。

そう言うことも多々ありますよ。

叙景ゼロ番地

旅路二季節ガ燃エ落チル / eastern youth (1998 FLAC)

昼食を摂って後、思い立ってプールに出向く。350m泳いで帰宅。

これまでは4km離れた区営プールまで自転車をこいで、疲れた状態で泳ぐ、と言うことをしていたので、今のようにサクッと最寄りの駅前フィットネスクラブのプールに入り、お風呂まで堪能してサクッと帰ってこられる、この機動性はプライスレスだったのだな、と気がついてみるわけでして。

帰宅後、部屋に差し込む陽射しが、夏の西日のそれだったので、このアルバムを選択。

まだまだ梅雨だけれども、晴れ間は夏、だな。

旅路ニ季節ガ燃エ落チル