二十代の自分がこの曲を歌うときの気分は、その時の自分が思っているよりは感傷的でもなく、また切羽詰まっているわけでもなくて、「そういう気分」を小説のワンセンテンスのように没頭して読んでいるだけのようなものだったんじゃないかという気がしている。
今、もしこの曲に触れるとしたら、足元に落としたタバコを踏みつけて、昼休みを上がる直前の踏み出した一歩、自分の動きこそが物語そのものであるという感じ。
二十代の自分がこの曲を歌うときの気分は、その時の自分が思っているよりは感傷的でもなく、また切羽詰まっているわけでもなくて、「そういう気分」を小説のワンセンテンスのように没頭して読んでいるだけのようなものだったんじゃないかという気がしている。
今、もしこの曲に触れるとしたら、足元に落としたタバコを踏みつけて、昼休みを上がる直前の踏み出した一歩、自分の動きこそが物語そのものであるという感じ。