人が生きる原動力。その最もプリミティヴなものとは何であろうか。
個が個である理由。そこに純度を求めるのであれば、人はどこまで個でいられるのだろうか。
人は一人ではないと言われながらも、回帰するところは一人である。
たとえ誰かと何かを分かち合うときがあったとしても、どこかに帰るべきところがあるのならば、そこへはきっと一人で行くことになるのだろう。
一人であることを苛むわけではなく、一人であるからこそ、転んでも何度でも立ち上がる、再び歩き出すことも出来る。それは個であることの自由でもあり、また、深い悲しみでもある。
人が人と寄り添うことを否定するのではない。人と寄り添うことは、人はやはり一人の個であることを再確認する行為であるだろう。人が抱え続ける二律背反。
答えは掘り下げても分からない。分かる者などきっといやしない。
だからこそ、人は生きていることを確認しながら生きていく。
やがて帰るところに至るまで、人は確認し続け生きていく。