深夜のシベリウス。
少しずつではあるけれども、指揮者によるシベリウス作品に対しての解釈の違いが分かるようになってきたような気がする。その指揮者が何に重きを置いてシベリウスと対峙しているかが見えてきたとでも言えばいいか。
それは自分の主観を多分に交えての二次的、複合的解釈とも取れるかもしれない。自分と音楽との関係は、ジャンルに問わず常にそうだとも言えるが。
振り返ってみると、シベリウスには随分と鍛えられた。クラシックをかじり始めた頃に勧められたのがシベリウスであったことも大きく影響しているのだろう。
今考えてみると、それは随分と無謀なお勧めであったのかもしれないが、結果としてクラシック音楽に大きく傾いた自分がいるのだから、何が何を導くかは分からないものだ。
2021年。今年もクラシック音楽との付き合いが続くことは間違いない。自然体で深掘りを進めることが出来れば御の字だと思いつつ、クラシック音楽の聴き初めは原点に返ってシベリウスであったことをここに記す。