音波の薄皮

その日に聴いた音楽をメモするだけの非実用的な日記

当コンテンツではアフィリエイト広告を利用しています

映画『TAR/ター』を観る(ネタバレなし)

ケイト・ブランシェット主演、アカデミー賞6部門ノミネート、映画『TAR/ター』を観てきました。

ドイツにあるオーケストラ(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がモチーフ)史上初の女性首席指揮者に就いていたリディア・ターの傲慢と転落の物語。ストーリーはその前者に大きく時間が割かれていました。

世界最高峰と呼ばれるオーケストラを率いる、その地位を得るための陰謀や策略を施し、そして手に入れた権力をかさに傲慢の極みを尽くすター。

権力を持つことは薄氷の上に立っているようなものであり、そうであってもその氷の上を渡っていかなければならない。またその既得権益を保つためには、どのような手を使ってでも、自らを慕う者を裏切り、切り捨てても、手段を選ばずに進んで行かなければならない。

ターのその傲慢さを描くためにか、存命の実在する指揮者の演奏をこき下ろすシーンや、往年の巨匠と呼ばれる指揮者を見下すかのようなシーン、クラシック音楽界最大の音楽出版社を貶すセリフなどもあちこちに散りばめられ、映画そのものがスリルの上に成り立ち制作されたのだろうと。

そして物語終盤で描かれる崩壊と転落劇は本当に一瞬。

人を裏切れば、また自分も裏切られる。導かれる暗いカタルシスが、得も言われぬ気味の悪さに繋がって行く様も見事。物語最後の最後、傲慢と強欲の至る先、とある国でのロケがよい一層の不快感へと収束されていました。

世界最高峰に立つことは、個人の実力だけでは済まされない様々なファクターが積み重ねられなければ叶わないこと。それを忘れてしまったターが多くを失うものまた当然の帰結ではあったものの、何も手元に残らないような感覚が、上映後の自分に複雑な余韻を導いていました。

マーラーの交響曲第5番がストーリーの中心に位置し、演奏を完成させていくまでの過程や、それに伴ういかにも現代的なやり取りも克明に描かれており、クラシック音楽ファンにとっても興味深い内容かと。

エンタテインメントであるとは決して言い切れませんが、なかなかに興味深いものを堪能させて頂きました。

TAR/ター