デジタルポップ、その復権ここに結実。
そう言い切れるほどのキレのよさを感じさせる痛快な作品に仕上がっております。80年代から90年代、そして00年代と特定ミュージシャンによって脈々と受け継がれてきたデジタルポップも、八木沼悟志がfripSideを大々的にブレイクさせるまでは確かに虫の息だったのですよね。今作ではそれらミュージシャンが持ち合わせていた旨味を存分に自らの細胞と変えて、次々とハイクオリティな楽曲が繰り出されている痛快さを提示しております。
哀愁漂うメロディ、打ち込みサウンドに乗せる暖かさ、ボーカルの歯切れのよさ。それらの音楽性が見事に三位一体となり高次元に昇華、それによって一分の隙もない2020年代のデジタルポップとして輝かしい完成形を描いているかのよう。
ツインボーカルとなった第3期fripSideもここにきてすっかり板につき、二人の掛け合いによるメロディとボーカルの繋がりがスムースになって耳に届けられるのも今作の特長。より切なくよりメロディアスに、より攻撃的によりアグレッシヴに。
メロディ面においては音を置くべきところにしっかりと音が置かれ、その運びが非常に冴え渡っている。それ故にどの楽曲においても売りとするツボが明確になり、すっと耳に入ってくる。曲ごとのカラーや落差、特徴付けが耳が期待する通りに流れてくるために、実に「映え」る。
演奏、アレンジメント面においては、シンセソロ、ギターソロの妙が曲の盛り上がりに一役以上買っている。もちろん過去これまでに提供されてきた楽曲においてもそれらのパーツは十分に華となっていたのだけれども、本アルバムではそこにあるべくしてある、無くては曲が成立しないだろうレベルにまで作り上げ作り込まれている。ボーカルだけがfripSideではないと主張しているかのよう。
と、このようにどこをどう切り取っても賞賛の言葉しか浮かばないのであります。おおよそ自分自身がfripSideに期待している全てがここに詰まっていると断言できるほど。
どうしても難癖をつけるのであれば、今作ではリテイク作品を並べる必要はさほど感じられない、程度のこと。それほどまでにオリジナル楽曲の冴えが高レベルなのですよ。無論、そのようなハイクオリティな楽曲群に過去の楽曲を並べても、双方が何の遜色もなくそこに座していること自体もまた賞賛すべき事実でしょう。
