音波の薄皮

その日に聴いた音楽をメモするだけの非実用的な日記

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One Deep River / Mark Knopfler (2024 192/24)

マーク・ノップラー最新作。

非常に良いです。これまで通りの落ち着いたノップラーおじさんならではの味わい深さもさることながら、今作ではどこか力強い感覚も伝わってきて、実に聴きごたえがある。

もともとがイギリスのロックの雄、そのバンドのギタリストだったわけですから、ソロ活動においても力をみなぎらせようと思えば出来たのかもしれません。

とは言っても今作がロックであるかと言うと、そう言う訳ではなく。大人に向けた渋い楽曲が並びます。

ここ数作はどこか仙人めいた、水墨画の中で釣り糸を垂らしていそうな雰囲気すら漂っていたのですが、今回は久しぶりに地上に降り立って、地面をしっかりと踏みしめて歩いているような趣がありますね。

時間とせわしなさを忘れ、自分の世界へとゆっくり入り込める。そう言った作品ではなかろうかと。

One Deep River

オーディオ欠乏症候群

引越の兼ね合いで、オーディオシステムが部屋の隅に追いやられていたり、まだ段ボールの中にいたり。

さすがに10日も過ぎると、欠乏症気味になってきますね。今はBluetoothスピーカーでしのいでいるものの、メインスピーカーで聴きたくて聴きたくて。

でもね。部屋にまだカーテンすら下げられていないというのに、オーディオごときにうつつを抜かすなど、一体全体どういう了見なのかと。そう問いただす自分もいるわけですよ。先にやるべきことがあるだろうと。

そのようなことを考えながらも、DAPにヘッドホンを差し込んで、それで当座良いだろうなどとしている自分もおります。人間は矛盾の生き物なのですよ。そう言うことも多々ある。

いや、そのようなことを言いたいのではなく。

やっぱりメインシステムで音楽を堪能したいのです。

あ。

ネットワークをまだ構築していなかった。構築しないことには、最早私は音楽のリスニングが出来ない環境にあるのにね。

やはり音楽以前の問題でした。追々どうにかします。

部屋の隅に追いやられている

SCIENCE FICTION / 宇多田ヒカル (2024 96/24)

引越に伴う転出入作業、どうにかこうにか完了。

搬出時のダイニングにあった物たちの断捨離が、時間のなさから目標の6割程度にとどまってしまったとか、とにかく想像していた以上にドタバタしてしまったりとか、早々に疲弊して心身ともにギリギリの所での作業になってしまったりなど、反省点は多いものの、完了すればそれでいいのです。ええ。

転出に伴って、なにせ30余年も住んでいた前居のこと、敷金だけでは修繕費用がまかなえないだろうと覚悟を決めていたものが、蓋を開けてみればその三分の二が返金されるという想像もしていなかったラッキーな出来事もあったりと、様々な観点において「終わりよければすべてよし」となったのです。

まぁ、挙げればキリがないのですよ。

これからしばらくの間は段ボールに囲まれての生活になりますが、徐々に荷ほどきをしながら、ゆっくりと新しい環境に慣れていきましょう。

そんなこんなで、ギリギリの所でこのアルバムを頻繁に聴いておりました。宇多田ヒカルらしい、素晴らしいベストアルバム。ここまでくると再構築ベストアルバム、ですな。選曲、配置、リミックス、新録、それらが絶妙なバランスで収録されている。聴けば聴くほどに、考えを巡らせるマージンが大量に含まれている。

何よりも素晴らしいと感じたのは、彼女の曲が2時間近く収録されているのにもかかわらず、その重さに辛いと思うこともなく、長いと思うこともなく、次々と現れる栄光をまとった楽曲たちに圧倒されながら、あっさりと聴き終える、そして何度も聴けるところ。過去の重荷に対する精進落としを行ったかのごとく、彼女の過去を完遂しているのですよ。

アルバムリリース発表時に曲目を眺めた際に頭の中をよぎった、リテイクは版権の兼ね合いだろうか?、ここまでリミックスバージョンが入っていて違和感は発生しないのだろうか?などといった邪念や危惧が一発で払拭される仕上がり。

これこそが彼女の過去と今を一本の線で繋げる、もしくは一つの面に展開させる、最良の手法であったのだと思わされるのです。

…取りあえずこの辺で。まだ引越ダメージから完全に復活できておわず、手負いの状態でありますが故。

SCIENCE FICTION (通常盤) (特典なし)

Family / Polaris (2003 44.1/16)

くたびれております。

引越に伴う疲労とストレスで、順当に左耳の調子は悪くなり、目の周りはガチガチにこわばり。こんなに辛い思いをするのであれば、引越など最初からするのではなかった、と思う瞬間も多々あるものの、ここでしなければこのあと、恐らく両親のどちらか片方が他界するまではもうその機会もなくなり、何かしらの長いストレスがかかってしまうのだろうと思えば、まぁ、どうにかなるのです。どちらがマシか?と言うレベル感での取捨択一。今やらなければ、いつやるの。

今でしょ?今しかないでしょ?これがラストチャンスでしょ?

そういうことです。

と言うことで、毎晩ぐったりとしていながらも、それでも作業の手は休めることなくやっております。今晩はこれを聴きつつぐったり、そして再び作業を始めますよ。

引越搬入出日まであと3日です。

…いや、ちょっと、かなりマズいよね、今のこの状況。

Family (初回限定プライス)

2024年式ミニマムオーディオ構成構成

これが私の最新式オーディオ構成だ!

虚しいね。

引越作業頑張ります。とは言え、本日ただ今午後2時。段ボールを二箱引っ張り出しただけで、まだ何も作業に手をつけておりません。

引越のモチベーションを上げるために新しいイヤホンを発注しようなんて、してないよ。全然してないよ。Amazonのポイントでイヤホンを買おうだなんて考えていないよ。

…俺、15時になったら本気出すんだ…。

2024年4月式ミニマム

新年度だろうが何だろうが引越作業三昧

寝ても覚めても引越作業の日々。

気がつけば新年度を迎えておりました。音楽はそこそこ、いや、いつも通りにあれこれ聴いております。ただ、少々、いや、かなりへばっておりますが故、何かを記すことまでには手が回っておりません。いや、手が回らないのではないな。心技体が回っておりません。うん、これだ。

相変わらず困ったときのハイドン頼みで、Spotifyのハイドンプレイリストを流す機会も多く。クラシック音楽におけるこの手の作曲者別プレイリストに一体どういう需要があるのか、音楽を小間切れにして流すなどけしからん、などと思っていた自分もおりますが、実際にこのような状況に陥ると、実に有効に作用するのですね。自分の見識の低さと言いますか狭さと言いますか、そう言ったものを実感させられた次第であります。

引越作業は大詰めに入りまして、来週の今頃は30数年暮らした住まいに別れを告げ、新居に移り、その過程でドタバタと…さらにドタバタとやっていることかと思います。

30数年…そのような一言では済まされない、時間と記憶と生活の堆積から身を切り離すのには、とんでもない労力が求められると初めて知りました。文字通り「切り離す」作業の日々。身を切られる思いにも時に陥りながらも、ヘヴィな断捨離を行っております。

断捨離。これまでも何度も使ってきた言葉、実際に行ってきたことではありますが、ここまでの量となると実にストレスの溜まる行為でもあるのだと。そのストレスを乗り越えた先に、本当の意味での断捨離における清々しさを味わうことが出来るのだろうか、などとも考えている次第です。断捨離の真意は今の自分の活動の先に見えるのだ、などと大げさに。

そしてこの部屋でのオーディオ生活もそろそろ終了。これを記した翌日にはオーディオ関連の配線を一旦片付け、システムの梱包や段ボールを部屋に積み重ねやすくするためのスピーカーの移動などを行う予定です。オーディオよしばしのお別れだ。次に会うときは新居にて。

…それまではポタオデかBluetoothスピーカーの日々なのだなぁ…。

ここでの記録文もしばらくは音楽レスな話題になるのかしら。それとも先に書いたように心技体がバラッバラになって、何かを記すどころの騒ぎではないのかしら。

さてはて、どうなることやら。

さよならストレンジャー / くるり (1999 44.1/16)

なんとなく久しぶりに、相当久しぶりに聴いた。

25年前の自分よりも、素直にここにある音楽たちと向き合えた気がする。音楽を音楽としてのみ捉えている、とでも言うか。

音楽を前にして何かを作り出そうと躍起になっていた過去の自分がいるのは事実。このアルバムは見事にその標的にさせられていたよな。

yomekike.hatenablog.jp

30数年暮らした住まいを変えることによって、その片付け作業において発掘する「過去の遺物」達と相まみえる機会が多かったここしばらくのこと。特に20代半ばから30代終わりにかけての、非常に病んでいた頃の自分が書き殴った、文字通りの手書きのメモに遭遇する度に、直視できないような、それでいて懐かしいような、少なくとも50歳になった今の自分にはもう既にないものが、そこには沢山詰め込まれていた。

神経質さに拍車をかけるかのように細いペンで記された文字。整然と並ぶそれらに自分が込めていた思いは何だったのか。もちろん全てを忘れ去ってしまったわけではない。眺めれば思い出される数々の風景、光景、場所、温度、空気、臭気、生活、きりのないものたちが津波のように押し寄せてきて、そこにあてられてしまう。

事実それらを長い時間読み解くほどの体力は今の自分には残ってはいない。あまりにも持て余したその精神的体力の記録を前に、嘔吐感にも似た嫌悪もおぼえるほどだった。

気持ちの悪い過去の自分も、今の自分と地続きのもの。生きていくうちに何かを路傍にポロポロと置き忘れていき、そしてスリムな自分として今に残る。置いていった物を排泄物だとまでは言わないが、きっと日常の中でそこに流していってよかったものなのだろう。

さよならストレンジャー

ハイドン:ヴァイオリン協奏曲集 / ジュリアーノ・カルミニョーラ, シャンゼリゼ管弦楽団 (2012/2018 44.1/16)

引越のあれこれ、もうダメポかもしれない。

心と身体の芯から、奥底から、私はほとほと疲れ果てました。もう動けない。

そうだ、ハイドン聴こう。

ハイドン:ヴァイオリン協奏曲

あ、本当にクラシックはこう言う時に効く。速攻で頭の中が復活してきた。頭の中の凝りが解きほぐれていくのを実感する。

…。

これが「ハイドンは裏切らない」ってヤツかー!(元気出すぎ)

Distance[2018 Remastered Album] / 宇多田ヒカル (2001/2019 96/24)

帰宅後に「やっちまったー!」と叫び声を上げる。引越のスケジューリングをミスってしまった。いつかはどこかで出るとは思っていたが、ついに綻びが出た。後期高齢者2名を含む、3人家族の引越をコントロールするのはここまで大変なものか。

急遽リカバリーに走る。どうにかこうにかそこそこに事なきを得る。対価は発生してしまったが。

まぁ、ここまでよくやってきましたよ。この段階でミスが出てくれてよかったとも言える。

そんなこんなで、この一大イベントが終わるまでは気も抜けない、肩と目に力が入りっぱなしなのだと諦めた上で宇多田ヒカルのこれを。

Distance