音波の薄皮

その日に聴いた音楽をメモするだけの非実用的な日記

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このところちょっと(20261021)

1.
光GENJIの1stアルバムを聴きながら洗濯物を干していた朝。

最近「音楽好き」を自称する方と初めてお話をする機会が数回あったのです。相手の方は自分がいかに音楽を好きかを語ってくれますが、私だってそれなりに音楽は好きなんです。

でも、さっきふと思ったのです。聴いているものが光GENJIじゃ、何も説得力はないな、って。

誰が何と言おうと名盤よ?

うん、この絵面を聴いて楽しんでいるようでは、間違っても音楽好きとは言えないよね。

2.
ここからは真面目な話。

「音楽好き」の基準ってどこにあるのかな?どこからが「音楽好き」なのかな?

さっきの話は冗談として、自分は大概に音楽好きですよ?むしろ音楽がないと、自分という存在は腑抜けでしかない。

でも世間の音楽好きの方々の語り口を見たり聞いたりしていると、どうも自分はそういう領域に届いていない気がしてならないのです。何をどこまで語れるようになれば、音楽好きであると胸を張って言えるでしょうか。

世の中はなかなかに難しい。

3.
人間の腐ったもののような話を展開してるので、閑話休題。

4.
フリマサイト巡りをいい加減辞めようよ、と思いながらの一ヶ月ほど。

買い戻しのSACDソフトは一通り買い尽くした感があるのです。今手元にないものは、もうすっかりとプレミア価格になってしまっているものばかり。収集家ではないので、そう言うものにはもう手を出す気はありません。

それでもしばらくの間フリマサイトでSACDソフトばかりを見ていたせいか、目が肥えてきたと同時に、鼻がきくようになってしまったのですよ。「あ、これ、絶対に手元にあると喜ぶやつだ!」と。

そう言う時にどうするか。最近ではChatGPTに相談しています。様々なサイトを横断し、そのソフトの素性を調べ、適正価格までサジェストしてくれる。それらの情報からこちらが総合的に判断して、買うか否かを判断する。

自分の目利きにエビデンスを提示してくれる存在として、ChatGPTを利用しております。目が利いていたので、ChatGPTのミスにも気がつくようになってしまっていますが。

5.
最近手元に引き寄せたSACDソフトは、えっと。

あ、あれだ。birdの1stアルバム。このアルバムのSACDが存在しているとは知らなかった。見つけた瞬間にソロバンをはじいて、ほぼ即買いしてしまいました。だって市場で滅多に見かけないのだもの。価格設定も絶妙なところを狙ってきていたのです。こう言う時は買うのです。買ってから考えるのです。

そんな生き様で私は損を出し続けています。

あ、birdのそのSACD盤は超絶大当たりでしたけどね。内容が担保されているのはリリース当時から十分に知っている、むしろ愛聴盤レベルなのですが、録音の品質が想像以上だったのです。

birdの1stアルバム@SACD

6.
こんなのも、市場に出回っているよりも格段に安価で入手しております。

問答無用、クライバーのベートーヴェン5番&7番

ユニバーサルミュージックのSHM-SACD盤。ロゴ入りソフトケース付き。

おそらくなのだけれども、アンコールプレスではなく初回盤じゃないかな…。

音を楽しむ分においては初回盤だろうがアンコールプレスだろうが、そんな物は関係ないというのは自分のスタンスではありますが、入手してみたらこんなものだった時点で、正直なところプチっと上がりました。人間だもの。

しかもこの盤の割にはお安かったの。3,000円台入口でした。鼻血出るかと思った。

ESOTERIC盤なんてものも存在しますが、こちらはもう欲しいとも思いません。最早プレミア系でしかないから。

7.
あとは…ああ、アレが今日の昼前に届くな…。これは中古ではなく新品。在庫があるうちに手元に残しておこうと。メーカー在庫は相当薄くなっている模様で、取り寄せに3週間近くかかりました。

こいつを入れるために、CDラックもどうにかして場所を空けないと。

届く予定のものはそこそこ大物です。

8.
そんなこんな、かな。

このところちょっと(20261014)

1.
昼前に外出をしようとしたところ、玄関を開ける前に音を立てて雨が降り始める。

少しふて腐れて部屋に戻り、ラトル/ベルリン・フィルのブラームス交響曲第2番を聴く。開け放っている窓からは冷たく湿気った空気が入り込み、その様子を見るかのようにぼんやりと窓の外を見遣りながら聴いていた。

第1楽章のふとした瞬間にドヴォルザークの薫りが漂い、今の自分が音楽を聴く上でとてもよいコンディションにあることを認識した。

闇雲に聴こうとしているわけでもなく、何かを無理に感じ取ろうとしているわけでもない。音楽に耳を委ねられる、よいフィジカルのコンディション。

このブラームスは自分にとっての中庸。耳のバランスを整えるためのリファレンスとなる演奏。それを聴くとはなしに流している時に、そのような薫りを耳がつかみ取った。

そんな休日。

2.
最近、この「中庸」という感覚がとても好きで。どっちつかず、という意味ももしかするとこの単語にはあるのかもしれないけれども、自分にとっての中庸とは先に記したとおり、リファレンス的存在を指しています。

自分の耳をリセットさせたい、感覚を無駄に研ぎ澄まさせたくない、音に対してただ耳を任せていたい。そのような時に引っ張り出す存在が中庸なる存在の音源なのです。

・ブラームスならラトル/BPO
・ベートーヴェンならトレヴィーノ/マルモ管
・後期ドヴォルザークならドゥダメル/ロサンゼルス・フィルハーモニック
・シベリウスならベルグルンド/ヨーロッパ室内管
・マーラー5番ならインバル/都響

エトセトラエトセトラ。ここでは交響曲を挙げてみました。

これらからは新しい発見はもしかするともう生まれないかもしれないけれども、発見をする目的でクラシック音楽を聴いているわけでは決してないので、耳の故郷的な中庸はやっぱりあって有り難いものだと思うのです。

発見がなくとも、リラックスして聴けるという意味では、先の「ドヴォルザークの薫りがした」という、淡い泡の連想のようなものは生まれるかもしれないしね。

3.
クラシック音楽に転がってまだ10年やそこらだというのに、自分、意外とこのジャンルにおいてはコンサバかも。上に書いた自分的中庸音源を見てふと思った。

4.
マーラーの歌付き交響曲、もしかすると本格的にイケるようになってきたかも。

先日、マーラーの2番を聴いたのですよ。それもおそるおそる。

歌が入った瞬間に「うへぇ…」となるだろうことを予想しての再生だったのですが、これが意外なほどにすんなりと自分の耳に入ってきまして。少しは自分の経験値も上がってきたんでしょうか。

いや、上がっていないとちょっと困ってしまうかも。だって、もう、ポップスやロックには完全には戻れない身体になってしまったので。

とりあえず、この後もその方向にチャレンジしてみたいと積極的に思うくらいにはなっております。

5.
そんなこんなで、かな。

感動の軸がずれた

Mrs. GREEN APPLEの最新作アルバム『POPS』を聴いた。でも自分の心は何も動かなかった。

とても濃厚に作られたポップアルバムだと言うことは分かる。密度も展開力も構築力も、売れ線レベルとしては信じられないほどに突出していて、感心することしきり。多くのリスナーに届くであろう、文字通り、タイトル通りのポップなアルバムだとは思った。

メロディにも歌にもアレンジにも、そのドラマ性や言葉や先に述べた展開と、聴き手の感情を大きく持ち上げる…揺さぶるための装置が随所に散りばめられていて、それらの耳、そして心を揺さぶるフックの数々がMrs. GREEN APPLEの楽曲のキモであることは手に取るように分かる。

でも、自分はどうだったか。そのポイントを耳が捉えるだけで、その箇所で自分の心が動くことがなくなってしまった事実を発見した。そして少し寂しくなった。それが全てだった。

作品の中にある要素の全てに肯定できるはずなのに、心が動かない。それは作品を貶める意味での感動の無さなのではなく、自分の感動の軸がずれてしまっただけ、そこに気がついてしまっただけの話。

感動しなくなったのではなく、きっと感動するフィールドが変わってしまったのだろう。そこにおぼえる、一抹の寂しさ。

今現在の自分が何に心を動かされているのか、その輪郭が見えると同時に、かつて見えていただろう世界の輪郭には、無感動になってしまったこの事実。

とても素晴らしい作品だと思った。そしてそれが全て、それだけが全てだった。

このところちょっと(20260930)

1.
ようやくCorneliusの最新作『Refractions』を聴きました。ここ数作の環境音楽にかなり近しい雰囲気になっていたところから一転して、随分とアグレッシヴな作風になっていることにまずは驚き、そして万歳しながら受け入れておりました。

Corneliusならではのサウンドスケープの面白味と、構造骨格のエッジが際立った音響で、聴いていて楽しいの極地。それでいながら井上陽水の問題作「夢寝見」をカバーして完全にCorneliusのものにしているあたりなど、非常に興味深く楽しむことが出来ました。

2回ほどCDリッピングのFLACで聴き、その後にQobuz経由のハイレゾで聴いたのですが、CD音質では中高域のエッジがギンギンに尖っていたものが、ハイレゾでは中低域のふくよかさが加わり、より肉感的な仕上がりに。

ここまで異なると、CDとハイレゾとでマスタリングを変えているのではないかと思うほど。エッジィなCD音質もギリギリと音が迫る感覚で楽しく、ハイレゾ音質はよりフィジカルに響いてくるあたりに面白味を感じるのです。

いや、今作、ちょっと、アレだ。久しぶりにハイレゾ音源を購入してみようかしらと思わせるほどの魅力にあふれているわ。

Refractions - Cornelius (特典なし)

2.
横山幸雄のショパン全集、先日リリースされたVol.1とVol.2を同時に購入しました。

自分が横山幸雄に期待するのはキラキラと輝きが飛び散るピアノの音なのですが、今作では良い方向にそれが完全に裏切られました。

例えば練習曲の12曲を切り取って見てみても、それぞれの曲により表情を大きく変えながら演奏している姿が手に取るように分かります。時にとことん甘美に、時に烈するかのように、そして時には非常に内省的にと、その姿が変わるのです。

本SACDを2枚聴いて感じるのは、ピアノに込められた感情の引き出しを多彩に引き出している横山幸雄の技巧と表情の豊かさですね。そして根底にあるのは思慮深さ。ショパンに対する、観察眼の鋭さと広さとも言えるかもしれません。

なにより聴いていて退屈しないのが素晴らしいですね。自分がショパンに対してまだまだ白紙の状態なのも幸いしてますが、次にどう来るか、このタメで次はどんな表情に変わるんだろう?とワクワクしながら聴いていました。

いやぁ、楽しいわ。

ショパンVol.1 練習曲集
ショパンVol.2 スケルツォ集、幻想曲、舟歌

3.
月初三連休(明日が月初なので)の中日は、まぁ、こんな感じで、ほぼほぼCorneliusと横山幸雄でありました。

4.
そんなこんなで。

このところちょっと(20260929)

0.
ノートパソコンを新調しました。以前から引き続きhpのマシンをチョイス。画面が広くなり動作も快適。これでものを書くことのモチベーション、まぁ、ニンジンとなるわけです。

事実、ChatGPTと音楽アプリとブラウザを開くと結構動作の重さが気になっていたのでね。

1.
くらころの記事数が30本になりました。

始めた自分が言うのもアレなのですが、よく続いているな、と。飽きることは今のところなく、クラシック音楽を聴きながら感じたことや考えたこと、見えたものを文字に落とし込む作業は楽しさの極みであります。

目標とか野望のようなものが漠然とあったりもするコンテンツなのですが、まぁ、そのようなことを意識せず、まだまだ続けていこうと思います。書けるときには一気に書き上げる。書けないときには2週間だって放置する。そんな自然体で。

それにしても、ここまで音楽と文章とを結びつけて何かを書くことが楽しいのは、実は結構久しぶりなのではないかとも思っていますね。

note.com

2.
同僚の異動に伴う会社飲み会が昨晩あったのですよ。19時スタート、お開きになったのは2時。26時の2時です。そりゃ、起きれば頭も重いし身体も重いし、どうにもこうにもだったのです。

そういう状況だったので、ChatGPTに「二日酔いの朝に耳が喜びそうな音楽を提案して」と依頼し、出てきたリストの中から意外性があったBill Evansの聴いたことがないアルバムをチョイス。

外は雨でしたが、窓を少し開け、湿った冷気を部屋に取り込みながら聴いておりました。

徐々に回復してきたので、エリオット・ガーディナー/LSOのシューマンを次に聴き、昼下がりにはZARD。そこからのbird。そして今はUAであります。

3.
UAは『turbo』をチョイスしております。今、まさに流しています。この作品の微妙かつ絶妙にダブでドープなところが昔から本当に大好きで。

以前はこのアルバムと向き合う際には総体的な雰囲気をまるっと楽しんでいたと思うのですが、今になるとずいぶんと楽曲毎に耳がついて回る感じがしています。より一層解析的に聴けているのかもしれません。

もちろん基本的なところでは「やっぱりこのアルバムはカッコいいなぁ…」といった単純レベルでの感動やら感慨で聴いているのですが。

4.
昔から親しんでいる作品を解析的に聴けているのは、現オーディオシステムの再生精度の高さによるところがあるのかもしれません。

極端に解像度が高いわけではありませんが、適度に音が見えて、適度に雰囲気も楽しめて、といった音環境になっているからこそ、そのようにできるようになったのかもしれませんね。

身の丈レベルのオーディオシステムに戻ってきたことで得られる、個人的精神衛生上の満足度の高さ、とでも言えばいいかしら。

5.
で、CDリッピング由来のFLACファイルに変換してる音源は、オーディオ用NASからの再生運用であることは何度もここに書き留めていることですが、その再生系統は2系統ありまして。

A:NAS→SACD30N→Wiim Amp Ultra
B:NAS→Wiim Amp Ultra

音の雰囲気を重要視したい時やDSDファイルを再生する時にはAルートで、手軽さやキリッとした音を求めたいときにはBルートと使い分けることが増えています。

UAはAルートで聴いていますよ。

6.
SOUNDPEATSが近日発売するというフラッグシップワイヤレスイヤホンが気になりまくっている今日この頃。

ワイヤレスイヤホンに3万円前後払うことがいかに無意味なことであるか、とか、でも今使ってるワイヤレスイヤホンもSOUNDPEATS製で結構満足しているんだよな、とか、色々ぐるぐるあれこれと考えております。

SOUNDPEATSのワイヤレスイヤホン、本当にいいんすよ。ここのイヤホンを使うと、SONYやTechnics、ましてやAppleのイヤホンなんて使う気にもならなくなるほど。

コスパという言葉以上の満足を得られると思っております。

買うかなぁ…買わないかなぁ、まだ分からないなぁ…。

7.
そんなこんなで。

このところちょっと(20260921)

0.
日照不足の今年の夏秋。今日は台風。繰り上げ退勤させられたのはいいが、一番風雨が強い時間だったぞ。膝下ずぶ濡れにて夕方に帰宅。

1.
先週書けなかった『くらころ』を、その帰宅後に一気に2本書きました。とはいえ、ネタのストックは結構な形になって残っていたので、それを文章として立たせただけという感覚です。

note.com

こっちは深海系。

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こっちは宇宙刑事ギャバン…もといミラーボール系。タイトルがね、もうね、「蒸着!」と叫びながらテーマソングを歌いたくなるわけで。そういうノリで書きました。

まぁ、この2本の振れ幅がいかにも自分らしくてよい。自画自賛。

2.
あれ?音波さんも2週空いてしまっている。先週の休み、俺、何してたっけ…。

3.
最近のブーム。FIIO Q3。ずーっと前から所有しているあのDAC。面白いんですよ。有線ピヤホン5をアンバランスでQ3に接続して聴くと、DAPでは見えないようなサウンドスケープが味わえるんですよ。

これ、何と表現したらいいのかな。音の層が明確になるとでも言えばいいかな…。いや、今まで味わったことのない層が見えるというのかな…。そしてそれらの重なり具合がまた心地よいんだわ。

自分にとってQ3は名機なんですよね。だから「違う」と思ったらすぐにドナドナする自分なのに、こいつだけは延々と手元に起き続けている。で、忘れた頃に遊びまくる。

楽しくて楽しくてあれこれザッピングしながら聴いて、二晩連続寝落ち。

何やってるんだ、俺。

FIIO Q3遊び

4.
上白石萌音さまの新譜のハイレゾ価格が、ユニバーサル・ミュージックならではのあまりにも強気すぎる価格設定で泣いた。購入を泣く泣く見送った。こんなの初めてだよ!悔しいよ。

5.
先日、DEZOLVEのビルボードライブ横浜でのライヴを観てきました。地上波出演直後と言うこともあって、観客の1/6程度は初めてDEZOLVEを観るという方々。

本田雅人を迎えてのライヴ内容は、かつてないほどにキレッキレの演奏で魅せてくれました。もともとが切れ味鋭いバンドだというのに、それがさらに研ぎ澄まされて、もうヤルかヤラれるかの世界。このバンドはまだまだ成長しますね。伸びしろしかない。ずっと追いかけ続けます。

6.
来年度のライヴ鑑賞計画をそろそろ考えないとね、という時期になってきたかな。

・DEZOLVE
・デラックス×デラックス
・B'z

はマストとして、それ以外のアーティストを慎重に見極めながら足を運ぼうと思っています。コロナ禍明けの「うおー、ライヴ観まくってやる!」期から脱するかな、と。

7.
えーっと。10月にリリースになる山下達郎のライヴアルバムは当然予約しております。ただのCDは買わない主義の私でも、達郎さんは買わないわけにもいかないしねぇ…。

8.
まぁ、そんなこんなで。

このところちょっと(20260909)

0.
悪天候が続きすぎて、身体と頭が軽くまいっているのを実感する今日この頃。

1.
久しぶりにPerfume『GAME』(2008)を聴いています。恐ろしいことにあれからすでに18年が経過。光陰矢のごとし。あの時私はまだ34歳だったのか…。人生の最暗黒期にPerfumeが表面に現れてきたのだったな。

2.
その『GAME』を現オーディオ構成で聴くのはおそらく初めて。のっけからいきなりHi-fiに鳴って驚いた。

考えてみると、今のオーディオ構成は「何を鳴らしても自分が安心できる構成」になっているのだよね。

一時期、EsotericやAccuphaseを使っていた頃は、確かに音源、ジャンルの得手不得手が発生していたのです。すると「このシステムではこの音源を鳴らすといいよね」とオーディオファン的発想になってしまって、自分のように音楽に対して雑食の極みだったりすると、知らず知らずの間にストレスが溜まっていたのかもしれない、とも。

現構成だとスピーカーの前、オーディオのために音楽をセットするのではなく、音楽そのものを自在にスピーカーの前に配置できるのだよね。一つのジャンルで100点が取れる構成は自分は必要としていなくて、一通りのジャンルを鳴らせて、トータルで90点を打ち出せる構成が必要だったのだと、今改めて思えるわけです。

なので、今までのオーディオ経験は決して無駄ではなかったわけで。対価はそれなりに支払ってきましたけどね。

3.
いやー、それにしても一時馬鹿みたいに聴いていたこのアルバムは、今聴き直してみてもやっぱりカッコいいわ。特に今のシステムで聴くと(以下略

4.
先日、ふと華原朋美のデビュー曲「keep yourself alive」(1995)を聴いてみたのですが、この曲が現れたときの衝撃といったらなかったなぁ、と遠い目になっていた次第。

どれほどまでに衝撃的だったかというと、この曲のビデオを買ってしまったほどでした。VHSのビデオテープ。

今となっては全く想像もつかないことだけれども、MVを見るためにビデオソフトを購入していたのだよね。数分の映像のために物理メディア一本を購入する時代。今やオフィシャルが普通にMVをWeb上で公開して、好きなだけ見られる時代。

長生きってしてみるものだな。まださほど生きているわけではないけど。

5.
レコードがクール、CDがクール、8cmCDが熱い。とか世の中よくわからないことになっている。それらは全部、過去に置いてきた。

SACDは?

それは趣味の世界。

6.
オフィスのデスクの上にWALKMANを置いていました。同僚がそれを見て「何ですか?これ」と。WALKMANだと答えると「カセット?」と。iPodみたいなものですよと返すと「ああ!」と。

世間のDAPに対する認識は、所詮その程度です。

7.
そんなこんなで。

このところちょっと(20260901)

0.
9月です。

今年もあと4ヶ月で終わってしまいます。夏の疲れが出たのか、この一週間ほど、あれこれと身が入らない状態が続いております。そんなとある日の夜に、愛用していたお茶碗を割ってしまったときには、さすがにがっくり来ましたね。

あれこれとまぁパッとしないのでありますよ。

1.
FIIOのM33 R2Rを買う直前までグラッときておりました。M25 R2Rの登場が既に発表されているので、もう少しだけ様子を見ます。R2Rが作り出す出音が気になるのですよね。

まぁ、暖色系の出音といいますか、音楽を楽しむためのDAPならばすでに手元にSONYのNW-WM1Aがあるので、同系列で何かもう一台所有するのは、相当な勢いで無駄だと悟ってもおります。

2.
無駄は自分の辞書から排除せねば。そろそろ50代の半ばも見えてきたものね。色々な意味で「上がり」を意識する生活になってくるだろうとは思っているのですよね。

3.
とある晩のこと。TSUTAYAディスカスから届いた「いぎなり東北産」のCDをリッピングして聴いておりました。

ただ、そうなのです、このところちょっと疲れているのですよ。ガンガンとこちら側に殴りかかるかのようにして入り込んでくる音楽は結構辛くなっていたのです。

そんな体調のときに聴いてはならない音楽の、最たる例のようなものでしたね。数曲聴いた段階でリタイア。その後にラフマニノフなぞを聴いておりました。

いぎなり東北産に罪はありませんがね。また体調が戻ってきたらじっくり堪能させていただきます。ああいうベタでガチャガチャしたアイドルポップは好物…のはずなので。

4.
問題は、本当に今もその手のアイドルポップが好きなのかどうか、自分の嗜好に対して少しずつ疑問も抱き始めているのです。

5.
ああ、萌音さんの新譜が来週リリースされるのね。それを生きる糧にしよう。

6.
プレトニョフによるチャイコフスキーの交響曲全集+αのSACDボックスセット。2015年発売にして、既に廃盤。

前々から欲しい欲しいと思っていたのですが、こいつがなかなか中古市場に現れなくてですね。数ヶ月ほど様子を見ていたのですが、先日、突然現れたんですよ。自分の目の前に。その瞬間、この目を疑って、そして設定されていた価格を見て、思わず手に汗握りましたね。8,000円。ここにエキサイトしなくてどこにエキサイトするのかと。

玉数の少ないSACDボックスセットは、基本的にはプレミア価格になるんですよ。出品者が強気で出ても、買いたい人は買ってしまう歪な市場構造になっておりまして。

このボックスセットは、そもそも市場に現れない。海外のサイトを見ても出てこないのです。発売時の定価が10,000円ほどです。それがこの価格ですよ?しかも状態も相当に良さげな品が。

出品から15時間経過。いいねは一つもなし。多くの人に華麗にスルーされている。汗ばむ指をコントロールしながら、購入ボタンを、こう、ポチッとね。

行きました。行っちゃいました。

こういうものは迷ったら負けの世界なのです。勝った、勝ったよ、母ちゃん。

7.
で、そのすぐ後に、同じボックスセットがまた市場に現れたのです。今度は12,500円で。その後14,800円に吊り上げられておりました。

やっぱり、勝ったんじゃないか?自分。

しかしあんなに出てこなかったものが、連日出てくるのはなぜだ。今回売れた(私が買った)のを見た別の人物が、少しばかりよこしまな心を持って出品した…なんてことはないですよね。

8.
残る、ゲットしたい、しなくてはならないSACDは平井堅『THE CHANGING SAME』だけですな。こいつも、まぁ、出てこないこと、出てこないこと。本当に姿を現さない。かつて自分が持っていたディスクであるだけに、余計に手元に再び引き寄せたいのです。

9.
で、こんな体調だというのに昨晩の会社での飲み会で調子に乗って、微妙に深酒をしてしまいまして。月初三連休の初日は半分ダウンしていたのです。

昼下がりから徐々に復調してまいりまして、なんとなくSACD棚からひとつかみして順次再生させておりました。

TM NETWORKを流し、ゴンチチを聴き、今、平井堅です。平井堅は平井堅でも『gaining through losing』ですね。これは持っている。

今日はまだクラシック音楽でひとつかみ、な気分にはなれないのです。

TM NETWORK『Gift for FANKS』
ゴンチチ『Super Best 2001-2006』
平井堅『gaining through losing』

この後は何にしようかな。aiko、大滝詠一、荻野目洋子…んー。

10.
T-SQUAREが改めて旧譜をDSDリマスターしてSACDリリースなんてことをやらかしたら、きっと自分はウハウハ言いながら身銭を切るんだろうな。

11.
わかってますよ。SACDなんてものは、とうの昔にすっかり死に体になっているメディアだということは。

それでもPCMハイレゾとは異なる次元での音にすっかりと魅せられている自分としては、もうどうにもならないサムシングがここにはあるのです。

12.
そんな自分が今一番気になっているSACDは、10月にリリースが予定されているネルソンス/ウィーン・フィルのマーラー交響曲全集です。

問題はその価格設定。メーカーが強気すぎて泣ける。12枚組24,200円。これが輸入盤CDなら10,000円ちょいなんですよ。実に2倍。

さすがにこれは様子見します。そう簡単に飛びつける価格ではない。

13.
SACDクレイジーというかSACD狂詩曲というか。

14.
あちこち矛盾だらけな自分にも泣ける。まぁ、そんなこんなで。

このところちょっと(20260826)

1.
10年後まで愛聴しているかどうかなんてことはどうでもいいのです。八木沼悟志が曲を書いて楽曲がfripSideとして世に出れば、それだけでもう神曲認定なんですよ。

0.
この一週間、ちょっと体調的にイマイチでした。風邪をひいたらしく、その症状が引いても喉と鼻がどうもスッキリしないのですよね。

これは夏休みボケの一環なのでしょうか。

2.
今日の順番は1→0→2で間違っていません。次は3です。

3.
テレビ番組で放映されていたフュージョン特集、しっかり見ました。あの時間枠であそこまでびっしりと濃く特集してくれたことは、感謝の極み。J-FUSIONの現在地、その代表格や一端をうかがい知るには十分の内容ではなかったかと。

演奏メンバーに神保彰とDEZOLVEを揃えてきたことも、作り手はよくやったと思います。レジェンドと今、その二者を並べることで、昔から今に繋がるJ-FUSIONの一本の線を現していたわけですから。

もちろん番組一つだけでJ-FUSIONが大化けして盛り上がるなどとは考えていません。それでも少しでもいいから興味を持ってくれる人がいるならば、新しいJ-FUSIONのリスナーが一人でも増えてくれるならば、これ以上に喜ばしいことはないのではないかと。

SNSを斜めに読むと、古参のフュージョンファン界隈にはウケがイマイチだった様子も若干うかがえますが、

(暴言吐くよ)

今を聴いていない古参であるだけの人は黙ってな!

(暴言終わったよ)

あの番組に対して何か一つ欲を語るとするならば、こういうことを言わないと。

「DEZOLVEに50分28曲のメドレーをやらせて、それだけで終わればよかったのに!」

…ま、五十歩百歩ですな。あなたも私も。

4.
うたコン、高田みづえを見ました。

結論言っていいですか?

泣いた。感動した。

番組を知った時点で「硝子坂」「私はピアノ」「秋冬」を歌ってもらえないだろうか?と友人に欲を語ったのだけれど、ズバリその3曲を取り上げてくれたので、本当に大満足。

活動期間わずか8年の間に、人の心に残る楽曲を何曲も歌っていた、しかも生き馬の目を抜くような時代にあって、それが叶えられていた歌手であった点を含め、もっともっと高く再評価されてよいと思うのです。

番組丸々高田みづえをフィーチャーする、そのNHKの良心にも感謝でしたね。雑味をおぼえることなく楽しむことが出来ました。

5.
ということで、fripSide最新作を聴きながらこれを書いております。絶賛聴いております。

実のところ、今日の今日まで今日、新譜が出ることなど知らなかったのです。moraサイトを見て「うわ、最新作出ているやんけ!」と焦って購入したのですよ。

もう何度も書いている気がしますが、このツインボーカル、相当よいと思うんですよ。声のキャラ分けがなされて、楽曲そのものの表現に幅が出ていると思うんです。スリルが増したといいますかね。よりヒロイックになったと思っています。

もちろん南條愛乃時代のfripSideあってこその、今のfripSideです。そこに異論はありません。でもね、今を認めているからこそ過去も引き立つのもまた事実ではないかと。過去には執着しないんです、こと、fripSideにおける自分のスタンスとしては。

八木沼悟志の作編曲も、いつにもまして金太郎飴で上出来の極みではないかと。この人が自分の道を走れば走るほど、より一層fripSideがfripSideになるんですよ。それが王道ってもののたしなみってやつですよ。

この話の流れで最新作『infinite Resonance 4』が傑作以上でも傑作以下でもないことは間違いなく。もうね、自分はどこまでも八木沼悟志様についていきますよ。たとえ齢六十になっても食らいついていきますよ。

6.
でもアンテナはすっかり鈍ったなぁ…。まさかfripSideの新譜情報を逃していたなんて。

7.
そんなこんなで。

2012年10月17日の誤解

2012年10月17日 日本武道館

あの紅白歌合戦でB'zにのめり込んだ、中学三年生になる友人の息子君。彼はB'zのありとあらゆるカタログを、短期間で一気に手元に揃えてしまった。その中から一枚のDVDを私に貸してくれた。そこにはこのようにある。

B'z LIVE-GYM 2012 -Into Free- EXTRA

アルバム『EPIC DAY』の初回限定盤に付属してきた、あの、自分にとってはこの上なく忌まわしいライヴをフル収録した物。DVDは大阪城ホール公演のものだが、このツアーは私自身、日本武道館公演に足を運んで生で観ていた。2012年10月17日のことだ。

あの頃、自分の心がB'zから少し離れていたことは間違いない。1990年、当時の渋谷公会堂で初めて彼らを生で観てから、もう20年以上が経過していた。B'zという存在に飽きていたのかもしれない。

そのような状態で日本武道館に足を運んでいた。あの日の東京は雨だったことを覚えている。

半ば期待、半ば惰性。そのような状態で臨んだそのライヴは、結局のところ、自分によい記憶を植えつけることはなかった。いや、むしろその逆。とてもつまらない、ひどいライヴとして心に刻まれてしまっていた。

アメリカ公演を受けての日本凱旋公演。その内容は、英詞になった楽曲の数々や別アーティストに提供した楽曲が披露されたものだった。もうその程度しか記憶に残っていない。何よりも醒めた気分で観ているB'zの音楽が、お世辞にもコンディションがよいとは言えない、音が潰れたPAで台無しになっていたのだ。

惰性、雨、英詞、あまり知らない曲、ひどいPA。

だからこそ、その日のライヴの記憶は「つまらないライヴだった」の一言に集約されていた。

それ以来、記憶を封印するかのようにして、この日のライヴは自分の中で無かったことになっていた。したがって『EPIC DAY』を初回限定盤で買っていながらも、このDVDは一度もプレイヤーのトレイに乗せることなく終わってしまっていた。

やがて手持ちの全てのCDを処分してしまったために、もう二度とこのライヴに触れることは無かったはずなのだ。

そのDVDがまた、手元に貸し出されてやってくるまでは。

ポジティヴな記憶が何もないツアーの映像を、今さら観なければならないのかと、少々うんざりしながら、夏休みの課題を消化させるような気分で再生した。

ところが、自分の中で違和感をおぼえ始めたのは、再生して間もなくのことだった。

音が、よい。

DVDメディアとしてパッケージされている映像と音質なのだから、当然ミックスの段階でトリートメントされてはいる。それにしても、バンドがとてもよいコンディションでライヴに臨んでいる様がよく分かる明瞭なミックス。観ているこちらの気分のノイズとなるような、あの日のひどい音の悪さが一切ない。

この時点で、あの日の記憶が少し上書きされる。

英詞の楽曲たちも、何の抵抗もなく耳に入ってくる。むしろオリジナルの日本詞とは異なる、新たなる楽曲の魅力を伝えてくれている。それもそのはず、あの日の武道館のひどく押し潰れたPAでは、稲葉浩志の歌の魅力は完全にスポイルされていた。それが今になって、目の前にクリアに現れている。

なんだ、これ、とてもイカしているじゃないか。

何よりも実に楽しそうに演奏しているメンバーたち。松本孝弘のプレイも切れ味よく、そして冴え渡っている。そう、ここでの彼らは「絶好調」なのだ。あの日のPAからの音では何も伝わってこなかったものが、今こうして、全てが明らかになっている。

そして何よりもそのセットリストの豪華さ。この曲も?あの曲も?まるでこれじゃ、Pleasureツアーじゃないか!と思わせる楽曲の層の厚さ。一切の出し惜しみなく、あの当時に持てる全ての代表曲、聴かせたい曲を演奏しようとする意気込み。半端じゃない。

このセットリストの素晴らしさまでもが、自分の記憶の中では黒く塗り潰されていた。なんてこった。ある意味、完璧なB'z、完璧なLIVE-GYMがここにあるじゃないか。

DVDが終わる頃には、すっかりと自分は出来上がっていた。画面越しながら、B'zのLIVE-GYMを一本、しっかりと堪能していた。ダレる瞬間も飽きる瞬間も一切なかった。むしろ相当な満足感をおぼえていた。

考えてみると、B'zに醒めていたあの日の自分と、再びB'zへの熱が高まっている今の自分とでは、計り知れないギャップがある。きっとそれもまた、今になって完全にポジティヴな印象に転じさせた最大の理由なのだろう。

演奏、セットリスト、音質、B'zに対する熱量

これらが全て噛み合って感じられる今だからこそ、このツアーは実に素晴らしいものだったのだと記憶を修正できる。

2012年10月17日の黒歴史とも言える記憶が、14年の時を経て、2026年8月18日の今日、完全に上書きされた。

あの日の誤解は今、ようやく解けた。

実は神セトリだった