音波の薄皮

その日に聴いた音楽をメモするだけの非実用的な日記

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イノセント / スガシカオ (2023 44.1/16)

スガシカオは傑作を作ることを恐れているのだろうか。傑作とはあまりにも脆いものだと知っているかのように、ひょいとそこを避けて通っているような気すらしてくる。そこに至る直前で寸止めをして遊んでいるのか。

今作もそうだ。絞ろうと思えば絞れる贅肉をたっぷりと蓄えて、赤身と同時に食卓に並べて食べさせようとしている。メインディッシュを覆い隠すほどのそれをたっぷりと食べさせようとしている。

スガシカオの作品カタログの中において、本作は直球なアルバムなのだろう。それが剛速球にならずに、周りの空気をしっかりと巻き込んで変化球になっている。もちろん変化球こそがスガシカオの真骨頂であることは百も承知。それでも時折この人の、直球だけで勝負する作品に触れてみたいと思うのだ。

今作を構成する楽曲の中にも多くの、スガシカオ流の、直球が含まれている。だが、それだけで構成されては、やはりスガシカオのアルバム作品としては成立しない。それは二律背反の欲。それもまたこの人なりに提示された作品が意図している構図なのだろうか。

このような漠然とした印象を抱きながら今作を聴き進めた。スガシカオ作品としてのクオリティはしっかりと保たれている。マンネリにも陥らない。街の澱んだ空気も噎せる体臭も多分に含まれている。それらステレオタイプなスガシカオ像を振りほどこうとする気概もここにはある。

傑作を作り出そうとすることは、繊細であることが築き上げる臆病風なのだろうか。若気の至りであるとも簡単に言い換えられるのだろうか。それでも今のこの人なりの傑作を求めたいとする欲は止められない。いや、もしかするとそれは既にここに存在しているのだろうか。

また一つ、サングラスの向こう側でスガシカオにほくそ笑まれたような気がした。

イノセント [通常盤][CD]