これまで自分が聴いてきた数少ないラフマニノフのピアノ協奏曲録音物は、いずれも音の抜けがもう一歩足りないように感じられていたのです。それが故に演奏までもがどこかくすんでいるように思えることも。
しかしこのユジャ・ワン盤を聴いてみると、それはラフマニノフのピアノのスコアによる、実は特徴的なものなのではないかと思えるようになりました。和音が不思議な雑味として捉えられる瞬間が多々あるのです。
それはえぐみとしての雑味ではなく、味付けとしての雑味とでも表現すればよいでしょうか。味として複雑なもの。それがあるからこそ、音としてスコンと抜けるものを求めるだけではないように思えたのです。
これはそのようなラフマニノフの特徴を余すことなくキャプチャしている演奏なのではないかと。
ドゥダメルによる押し引きの自在さ加減もまた、特筆すべきものではないかと。「ラフマニノフのピアノは美しいのだな」と単純かつ純粋に堪能させてもらえる演奏を立てているように思えたのですよね。寄り添い、引き出し、また時に主人公としても躍り出るオーケストラ。そのポジションの入れ替わりが実にシームレスかつスムース。
ピアノにもオーケストラにもスコアを力技でねじ伏せるような雰囲気がなく、音の流れ、音楽としてのストーリーを重視した演奏だと感じられた次第です。
総じてエレガントかつ芳潤な情感と煌めきがここにはあり、ピアノという楽器はやはり魅力的である、魅力的すぎると再確認させられました。
ラフマニノフを演奏する上での要は、技術だけでは語ることの出来ない雰囲気をかもし出せるか否かにかかっているのだな、とも思いましたね。骨のある「しな」を作れるかどうか、とも言えるかな。
これを元に、そしてこれを機に、あらためて手持ちのラフマニノフ音源をおさらいしてみようかと。