音波の薄皮

その日に聴いた音楽をメモするだけの非実用的な日記

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三山ひろしスペシャルコンサート2023「挑戦!ひとり大忠臣蔵」@明治座

日本の年末恒例演目「忠臣蔵」。

三波春夫が描き上げた歌謡浪曲「大忠臣蔵」を、現代に歌謡浪曲を伝える三山ひろしが演じると言うことで、これは見ておくべきだろうとチケットを入手しました。

明治座公演なので、歌謡ショーの第一幕とメインの第二幕の構成。紅白出場歌手「三山ひろし」と言えども、印象に残っているのはそこで披露するけん玉のイメージのみ。楽曲は常に後に追いやられて全く印象に残っていない体たらく。

果たしてそんな自分がショーを楽しめるのか、また、三波春夫を好む母の影響で歌謡浪曲は少々嗜むものの、忠臣蔵のストーリはほとんど知らない状態。途中で眠らずに観戦しきることが出来るのか、結構な不安はありました。

そのような状態で迎えた当日。平日の夕方であるにもかかわらず、会場はほぼほぼ満員。前述の不安以上の期待を持って観戦に挑みます。

まず第一幕。バックバンドを従えての歌謡ショー。三山ひろしが標榜する「ビタミンボイス」の意味をとくと見せつけられる内容に。テレビの画面ではなかなか伝わらない、三山ひろしの歌声の振り幅の広さに驚かされたのです。

オリジナル曲からカヴァー曲まで選曲の妙もさることながら、曲調や曲の世界観にアジャストさせて魅了する歌声に、自分の心は一気に鷲づかみにされたのです。

中音域から高音域にかけての伸びやかな歌声。パンチの効いた曲では力強く歌い上げ、何よりも繊細に紡ぎ出される歌声が魅力的でありました。

既存の演歌歌手はコブシを回すことを中心に、ある意味においては粘っこく歌うと言った印象がありましょうが、三山ひろしの歌唱法は多彩な歌声に色艶を乗せて、歌の基本部分、根幹でしっかりと魅了させると言ったイメージ。

そこには平成から令和にかけて活躍してきた、それでもいまだに若手と呼ばれる演歌歌手が共通して持つカラフルな色合いがあり、彼ら・彼女らが新しく切り拓こうとしている新しい演歌の世界を垣間見ることが出来ました。三山ひろしはその旗手たる存在であるとも感じられたのです。

個人的な白眉は吉幾三の「酒よ」のカヴァー。今の吉幾三がこの曲を歌ったとしても、もうさほど感動もしない自分がいます。それは氏が歌う世界観が手垢まみれになってしまったと感じられるからかもしれません。

ところがどうでしょう。三山ひろしが歌ったそれは実に新鮮に、この曲が持っている悲哀の世界観を自分の耳へと新しい提示を持って届けてくれたのです。「この曲はこんなに悲しい曲だったのか!」と言った再発見。それを可能としたのは三山ひろしの歌声に他なりません。ぽつりぽつりとした歌声からヤーレンソーランとした歌声まで、一曲に込められたドラマが、演歌世界における人間舞台の美しさまでもを従えて聞こえてきたのです。

目頭が熱くなりました。

そのような余韻とインパクトを持って1時間強の第一幕は閉幕。30分の休憩をはさんでの第二幕、本日のメインです。

結論からすると「三波春夫ではない、『三山ひろし』がそこにいた」となるでしょうか。

初めのうちこそ三波春夫のそれと比較していた自分がいました。前述の通り、中音以上の声の伸びやかさは抜群な三山ひろし。それでも忠臣蔵を歌い演じるにおいては低音の力強さと張り、そして声の通りのよさが求められます。三波春夫はそこが抜群でした。三山ひろしは「惜しい」のです。

しかしながら、演じ進められるうちにその印象はいつの間にか消え去っていました。それは三山ひろしによる忠臣蔵の世界に入り込ませる力量の高さが、観客である自分を舞台へと誘い、集中させていたからです。

三波春夫には三波春夫にしか出来ない世界がある。同様に三山ひろしには三山ひろしにしか出来ない世界がある。その世界を信じて演じ上げている姿に、比較論は全くもって無駄であると悟ったのです。もちろん大忠臣蔵の原作、プラットフォームを作り上げたのは他ならぬ三波春夫ではあるものの、三山ひろしはその上に乗り、自らの解釈で世界を解釈、再構築していたのですから。

たたみかける台詞、語り上げる歌。そこで歌っているのは三山ひろし。大忠臣蔵を自分のものとしている三山ひろし。

そして舞台からはけ、場面転換、衣装替えで再び登場する三山ひろしの姿。そしてそこで時折はっとさせられるのです。「え?三波春夫?」と。

そのようなことがあるはずもありません。しかしそう錯覚させられるほどに三山ひろしも観客である自分も、世界に入り込んでいたのかもしれません。そして熱演するその姿に引きずり込まれていた自分は、時折やはり目頭を熱くしたのです。シンプルな感動に他なりません。

歌謡浪曲は三波春夫の逝去とともに途絶えるかとも思われました。しかし恐らく三波春夫が最も脂の乗っていたであろう年齢に近い今の三山ひろしが、このような形でバトンを引き継ぎ、そしてこれからまだまだ進化して行くであろう歌唱力を持って歌謡浪曲を歌い継ぐことによって、その火が途絶えるどころか、歌謡浪曲がまだまだ持っているだろう新たなる解釈、ポテンシャルを引き出すことが出来ることでしょう。

そのような印象を抱きながらも幕が下り、観客席でしばし呆然としている自分がおりました。「すごいものを見た」と。

今年も様々な種類のコンサートを見てきましたが、三山ひろしの本公演はトップクラスのインパクト。深く感銘を受けました。

最後に、バックバンドも舞台にシンクロした見事な演奏を聴かせてくれました。主人公である三山ひろしを引き立て盛り立てる。実に素晴らしい劇伴でありました。

伝統の明治座にて