音波の薄皮

その日に聴いた音楽をメモするだけの非実用的な日記

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ラフマニノフ:交響曲第2番 / エフゲニ・スヴェトラーノフ, ロシア国立交響楽団 (1996 44.1/16)

自分の中ではとある理由があってラフマニノフの交響曲を聴いた。

美しい。

それは理解出来る。感覚としてもそのようにあるのだけれども、これが自分の趣味かと問われると、ややそことは外れる印象がある。

これこそがロシア的な美の一端なのだろうとももちろん思えるのだけれども、どことなく「芸術的なロシア」と言った感なのだよね。いや、その、もちろんこれは音楽と言う名の芸術なので当然の印象ではあるのだけれども、何か「大きな美術」と言いましょうか、大きな身体から創造された美術とでも言えばよいのだろうか。

そのように書いている間に「大味」と言う単語が自分の頭の中に降りてきたのだけれども、それもまた違う。むしろ大きく異なる。自分の中にある言葉と結びつかない捉えどころのなさ、と言えば今のところは正解なのだろうか。

これを受け容れられる細胞が自分の中にまだ作られていない。

あ、これだ、これ。これですよ。そこに全面的に委ねることが出来ない感覚。

んー。クラシック音楽はこれだからまだまだ難しい。それほどまでに奥が深いことの表れではあるので、悲観することは何もないのですがね。慌て急いで聴き進めなければならないものではもちろんないし。

自分の中にあるものないものを掘り下げる、非常によい作業になりました。ラフマニノフは何も悪くないよ。自分が勝手にあれこれ考えているだけの話なので。

冒頭に記した自分の中のとある理由は、これによって解決しました。自己完結のめでたしめでたし。

ラフマニノフ:交響曲・管弦楽曲全集