音波の薄皮

その日に聴いた音楽をメモするだけの非実用的な日記

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このところちょっと(20251216)

1.
相変わらず疲れているので、ユジャ・ワンとネルソンス、ボストン交響楽団によるショスタコーヴィチのピアノ協奏曲などを流しながら、頭の中をごっちゃごちゃに引っかき回しております。疲労に対してあえて混沌を選択するセラピー。新しいソリューション。

椅子を思いきりリクライニングさせて、非常にだらしのない姿勢で、これを書きながら聴いております。実に何もかもがだらしがない。

2.
タワレコオンラインを開き、2025年に売れたクラシックディスクTOP40を眺めながら、気になった作品をQobuzのお気に入りリストに放り込む作業をしようとしたところ、既に片っ端からリストに入っていたという罠。

なんともはや。

2025年の自分を漢字一文字で表わすならば「疲」なのかもしれない。文字通りの寄る年波。

3.
ショスタコーヴィチなどを流しているあたり、意外と頭の芯は冴えているのかもしれない。本当に疲れきっているのであれば、間違っても聴けるようなものではないだろうしね。

それにしてもこの私がショスタコーヴィチを自ら選択して聴くなんて。世も末ね。もとい、クラシック音楽への耐性がすっかりついたものだ。思えば遠くへ来たものだ。

4.
でもさっきまで中森明菜トリビュートを聴いていた。

5.
ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲って、どことなくトムとジェリーよね。

ん?

なんだか、以前にもそのようなインプレッションを書いたような気がする。そんな気がする。激しくする。

6.
久しぶりに年間アルバム撰出をしようと目論んだのだけれども、残念なことに今年新たに聴いた作品をほとんどブログに書き留めていないので、撰出のしようがなかった。まったくもってダメ人間。何もかもがダメ人間。大槻ケンヂもびっくりなダメ人間がここに。

それにしても最後に年間撰を撰出したのは何年の話だ?2020年頃が最後かしらん。

7.
Bluetoothスピーカーを持ち込んだ浴室、浴槽内で眠りこけてしまったのは3時間前ほどの話。夢まで見ていた。流していた音楽が何だったはもう覚えていない。おかげですっかり茹で上がってしまった。

だから余計に疲れているのか。長風呂はしない人だから。

8.
風呂から上がるタイミングで流れていたのは松浦亜弥だ。思い出した。自発的にチョイスしたわけではない。Spotifyのプレイリストが勝手に流しただけの話。私は何も悪くない。なお曲は「Yeah! めっちゃホリディ」だった気がする。

9.
ショスタコーヴィチの流れからラフマニノフのパガニーニ狂詩曲を聴き、そうこうしているうちにどんどんと疲れが進んできたので、Qobuzを漁ってミケランジェリによるドビュッシーを聴いております。

192/24のハイレゾ音源をストリーミングで、しかも真っ当な音質で楽しめるこの近未来よ。今は既に近未来なのだけれども、では今に対する近未来とはどのようなものなのだろうか。

実は先ほどのTM NETWORKのアーティクルを書いている最中にも、そのようなことを考えていたのだよね。TM NETWORKはあの時代、確かに近未来を音楽で表現してくれていたけれども、では、今その近未来を提示してくれている音楽とはどのようなものなのだろうか、と。

大事なことなので同じフレーズを二回繰り返しました。

10.
ミケランジェリが奏でるソナタは、白磁の美に通じるものがあるな。

11.
来春、NHKBSであの『スターダスト・ランデブー』を放送するとの情報が飛びこんできた。あまりにも伝説すぎるあのライヴを、4Kレストアで放送するとのこと。これは超永久保存版。アガった。一瞬アガった。

井上陽水と安全地帯のジョイントコンサート。1986年。当時はその価値が分からなかったけれども、今ならば万券積み上げてでも観たいと思わせる。井上陽水が表舞台からすっかりと姿を消してしまった今、これは本当に伝説になってしまったライヴとなるのだろうな。

12.
それで思い出した。日中にQobuzの邦楽ハイレゾプレイリストを流していたら、玉置浩二の最新曲が流れてきたのです。一聴して名曲でありました。

聴き終えると同時に、いつ、いかなる時代にあっても、しれっと名曲をぶち込んでくる玉置浩二なる存在の恐ろしさを思い知らされておりました。

13.
もうこの辺でよくない?

14.
そんなこんなで。