静かに、それとは分からないほどに静かに、自分の胃へと鉛を少しずつ流し込まれていくかのような感覚に陥っていく小説を読んでいる。
章の終わりごとにその鉛の存在に気がつき、気分も徐々に悪くなっていくのを感じている。それでも読む手を止めることが出来ない。
数年ぶりに真剣に小説を読んでみれば、このような物語。すでに2冊目に入っている。バッドなストーリーもバッドエンドも好物だけれども、それもこうも続くと、徐々に描かれている「人間」が厭になってくる。
角が生えてきそうな自分の心を、シュミットの音楽はほどよく丸くし続けてくれる。クラシック音楽は小説を読む際にこれほどまでに適していたのか。
自分がかつて小説読みの人間であったことをすっかり忘れている先で、クラシック音楽の存在がまたその人間を引っ張り出そうとしているのかもしれないが、果たして、暇つぶしでしかないのか、これが何かのとっかかりなのか。
ウダウダと考えながらも、もう少しだけ読み進めようと思う。
