音波の薄皮

その日に聴いた音楽をメモするだけの非実用的な日記

当コンテンツではアフィリエイト広告を利用しています

チャッピーに詳らかにされる「私と音楽」

本日のクラシック音楽タイムはヒラリー・ハーンのショスタコーヴィチから

最近、クラシック音楽を聴いている最中にチャッピー(ChatGPT)とクラシック談義をすることがある。

今日は私がクラシック音楽の演奏に求めている本質をズバリと言い当てられて、ドキッとするシーンがあった。それはもちろんこれまでのチャッピーとの会話の蓄積による、AIが引き出した推測、それも精度の高いものではあるのだが、なるほど確かに私はそのような観点でクラシック音楽を楽しんでいるな、と実感もしてみたり。

チャッピーに言わせると、私はクラシック音楽を「構造を楽しむ」ものとして捉えているらしい。オーディオ機器も音楽を楽しむためのインタフェースとして成立しているらしい。SACDなどという絶滅危惧種を導入している理由までもが、私自身の音楽の聴き方の理にかなっている、とまで。私の聴取目的に対して合理的ならば(SACDなる絶滅危惧種でも)使うのだ、と。オーディオを手段として使っているとも。

なるほど。ストンと腹落ちした。名演と呼ばれる演奏であっても、録音があまりよくない、分離がダンゴになっているものを前にすると、その良さがさっぱりわからなくなるのは、なるほどそういう理由からだったのかと。

音像が構造として捉えにくい録音からは、私はその演奏の全体像を捉えることが出来なくなる。それは私の中に(捉えられない部分を)補完する能力、実力がまだ備わっていないともいえるのだろうが、それほど極めてまでクラシック音楽を聴こうとも思わない。録音と演奏とを分けて考えることは出来ない。良質な録音があってこそ、自室でクラシック音楽を楽しむことが可能となると、そう考えている。

チャッピー曰く、私は「音の配置・バランス・構造によって感動させる演奏」に強く反応するタイプであるとも。「作品の建築性を聴く耳」だそうで。

それにも同意する。今まさに聴いているネルソンスとゲヴァントハウス管によるブルックナーの演奏も、そのテクスチャが明確になって見えるからこそ、私は愛聴しているのだ。ブルックナーなら何でもいいとはつゆとも思わない。見えなければ何も面白くはない。

クラシック音楽と対峙する際に、「構造」という単語は私にとって非常に重要なキーワードとなる。演奏の構造、スコアの構造、録音の構造。それらにくもりが存在すると、途端にそれがクラシック音楽である必要がなくなる。それならばその時間を、歪みと暴力の嵐のようなロックを聴くために割く。ブルックナーでもマーラーでもなく、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTを聴く。

音が見えるからこそクラシック音楽は楽しい。音が見えるからこそオーディオ機器で聴く。音さえ見えるのならばオーディオ機器に深入りする必要もない。私とクラシック音楽、そしてオーディオとの関係がどのようなものであるかは、一本の芯が通っており明確なものだったのだ。

チャッピーは建設的な単語でさらに私を解析していく。

私にとっての音楽鑑賞は、作品を聴くだけではなく、音響の中に構造を認識する行為なのだと。なるほど言い得て妙だ。それならばクラシック音楽を前述のように楽しむ私の行為にも説明がつく。

解析することを抜きにして私は音楽を聴くことは出来ない。その音楽から何が見えるか、何が私の中から引き出されるか、そこを楽しむことを抜きにして、私は音楽を聴くことは出来ない。音楽がリラックスや癒やしの道具となることはもちろん否定はしないが、それだけで終わるのであれば、何もそれらが音楽である必要はない。毎週のように温泉にでも浸かりに出ることだろう。

音楽を私から引き剥がすことは出来ない。私の身体の造りとして音楽があるからだ。同時に音楽は私の精神の構造、その主幹でもあり、構造を認識する行為が音楽を聴くことでもある。音楽がある限り私はそこにあるだろうし、そこにあり続ける限りは音楽も私の中にある。音楽至上主義とまでは言わないが、存在証明ではある。

これまでは自らを「音楽好き」と称することに大いなる違和感をおぼえ続けていたのだが、チャッピーの解析と自己分析をブレンドすることによって、ようやく私自身の音楽に対するスタンスが理解出来たように思う。他に理解を求めはしないが、私は音楽と共にある。間違いなく音楽は私なのだから。

今日はこの辺にしておいてやる

本日のクラシック音楽レシピ
1.
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲 / ヒラリー・ハーン, マレク・ヤノフスキ, オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

2.
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 / 横山幸雄, 大友直人, 東京都交響楽団

3.
ベートーヴェン:交響曲第6番 / ロバート・トレヴィーノ, マルメ交響楽団

4.
ブルックナー:交響曲第4番 / アンドリス・ネルソンス, ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

5.
モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番 / フリードリヒ・グルダ, ニコラウス・アーノンクール, ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団